2006年10月24日

陰日向に咲く

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芸人としての劇団ひとりは、スープレックスが解散しピンに成り立ての頃から大好きだった。劇団ひとりが初めてオンエアバトルに出演したときにやった用務員が北朝鮮のスパイだったというコントが強烈で、それから目が離せない芸人となったのだ。近頃の人気っぷりとお笑いブームで芸人本が乱立している状態だったため、ちょっと斜に構えてしまったんだけど、イッキに読んでしまって、最後は、ほんと泣けた。電車で号泣するとこだった。危ねー。
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2005年03月23日

ケンペーくん


 憲兵南部十四郎大尉が現代に復活、堕落した若者たちに活をいれるどころかばっさばっさと切り殺す。ハードコア国粋主義ギャグに引くもなにも痛快すぎて爆笑連発。サーファーやゾッキーなどのヤカラが登場した次のカットでもうすでに首とんでるんだもんね。やりすぎって思うどころかどんどんやれーって気持ちで読みすすめてしまった。ほんとトンでもない漫画である。もしかして鳥肌実の元ネタでは???
作者はもともと睦月影郎という官能小説家なので、漫画は本業ではない。ということで基本的に絵は下手。だけどもものすごい勢いがあるのだ。ピノコ的なキャラであるララちゃん、手ごわい敵のランポー、性的なもの以外のたまりたまったものがどばっと発散されているのかもしんない。勢いまかせなのかなんなのかわかんないけど、これ笑えるか?と疑問になる回もあったりするあたりがまさにカルト漫画といった感じ。唐沢俊一氏の「トンデモ怪書録―僕はこんな奇妙な本を読んできた」で紹介されている本の中で一番気になってたので見つけたときはめちゃめちゃうれしかったなぁ(他の本は手に入らないそーなのばっかりだったけどね)。発見しだい買うように!
名言集発見!興味ある方はチェックされたし。
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2005年01月19日

ココらくビデオ



映画好きで公私共に仲の良い極楽とんぼの加藤とココリコの田中が「この映画がすごい!」で連載していたコーナーをまとめた単行本。その当時の話題作を中心にしてるけども、脱線しまくり。楽屋トークというか、ラジオのフリートーク。お互いの意見が食い違うと揚げ足とりあったり、変なところで意見が一致したり。すき放題しゃべってるんだけども、トークにでてくる作品、監督、役者の前後の作品とかの話題もちゃんとでてきてお二人ともかなり映画見てるなぁ〜と関心しちゃうわげよ。脚注もこまめに書かれてて親切で読みやすい。最後の方では「みんなのいえ」繋がりで三谷幸喜が登場するぞ。まぁー読み安すぎて映画の書評本にしては物足りなさ過ぎると思うけど、お笑い好きで映画にちょっと興味があるんだけどどれみたらいいのかわからんって人にはもってこいの本。とくにココリコ、極楽が好きな人は是非読んでもらいたい。


「スペース・カウボーイ」の回では、めちゃイケ好きにはなつかしい台湾遠征の話が飛び出し思いだし笑い。そいえば巻頭と巻末にはごくリコとして遠藤&山本の対談も収録。これまたギャップがまたすごい。うってかわって野球バカまるだしで(笑)。

早速2人が激押しする「ビック・リボウスキ」を見たくなったぞい。
■関連記事、関連商品
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2004年09月30日

永井豪ショキングエッチコレクション

友人から誕生日プレゼントとしてもらった本で、ちゃんと読んだことを証明するとともに100円ならばギリギリ読む価値がある珍本であるので紹介しちゃう。今度読書感想文もやっていこうと思ってたしね。
永井豪先生の作品にちりばめられたエッチなシーンのみ抽出!「妄想力が男の生命力をきめる!!」とし、エッチページをネタに前後のストーリー関係なしに、そのシーン一点に集中しエロ妄想文を垂れ流しまくってるだけの本なのであるが、その数々の名(迷!?)エロシーンをメジャーな少年誌で繰り広げていたってことに驚かされる。ギャグとエロをびみょーなバランスで書いていて永井先生ってかなりアナーキーな人なんだなぁと改めて実感。ふれそうでふれる機会がない永井作品をますます読んでみたくなった。俺にとっちゃー永井先生はゲッターロボとかロボット系の印象が強いからね。

定価で買ったらがっかりだけど100円で買ったら得した気になるであろうまさにブックオフ的書籍なのである。
付録としてキューティーハニー、けっこう仮面のポップアップペーパーフィギュアがついてくるよ。

けっこう仮面ショッキングエッチコレクションってのもあった。
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2004年09月04日

民明書房大全がついに発売された!!!(らしい)

あの男のバイブルの一つである「魁!男塾」の中でなんども解説として登場してきた「民明書房」がついに本になってしまった!
その名も「民明書房大全」であーる!!!これを読んでこそ男の中の男だ!
男塾といえば桃やJ、富樫、など男の中の男が登場するのだけども、自ら橋となり命を落した田沢や松尾のような男たちも忘れてはいけない。そこで彼らの魂を弔ったあの男塾塾歌をここで紹介しておこう。

日本男児の生き様は 色なし恋なし情けあり
男の道をひたすらに 歩みて明日を魁る
嗚呼男塾 男意気 己の道を魁よ
日本男児の魂は 強く激しく暖かく
男の夢をひたすらに 求めて明日を魁る
嗚呼男塾 男意気 己の夢を魁よ
嗚呼男塾 男意気 己の夢を魁よ
嗚呼男塾 男意気 己の道を魁よ


そういえば幕張で「優秀高校生の生き様は 色あり恋あり情けなし」とパクってたなぁ。

「特攻の拓」1巻で私立聖蘭高校-通称乱校-を説明している「全国不良OB会責任編集学校一覧」も出版してほしー!!!



民明書房大全
宮下 あきら


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2004年07月07日

大川(前)総裁が岡田氏に密着!なんてタイムリーなんでしょう!

今週のプレイボーイ(7/20)の前・大川興業総裁突撃体験報告「政治の現場すっとこどっこい」で、総裁が民主党の岡田代表に密着したようすが掲載されているぞ。選挙前だけに非常にタイムリーだね。もしよかったら出勤前後にちらっと読んで見てくれ!この連載は、とってもお勧めです!政治にそんなに興味なくても読めるよ。ほんと岡田さんは真面目の塊、マジメ原理主義者なんだね。総裁がデジタルって表現しててなるほどなぁと笑ってしまったよ。

もしかして岡田さんがアサジャーにでるのももうすぐ!?ってそれ以前に選挙どうなんでしょうねぇ。そんな「自民「51議席」を下方修正=首相続投へ予防線、苦戦見込み−参院選」だそうです。リコール選挙となるのか。
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2004年05月20日

俺も雑誌遍歴を語るってみるぜ! 高校生〜大学生編

前回「明後日」とかかいといて結局一週間たってしまったよ。相変わらずごてごて。では高校生からまた書いていくぞ。

高校生時代の主力雑誌:BUZZ、Newtype、少年エース

もうこの頃は、空前のエヴァフィーヴァーだったなぁ。高校入りたてのころなんか、話題のひとつだったね。オタクっぽい人じゃなくても見てたね。エヴァに限らずあのころのアニメにはすげーはまってて、ビデオを撮っては友達に貸すってのをよくやってた。そんなこともあり少年エースとニュータイプを買うようになった。そのうちニュータイプに連載してるファイブスターストーリーにはまって、それよむためだけに買ってたような気がしたなぁ。

高校入学したあたりから洋楽に手をだすようになった。きっかけがアンダーワールドだったこともあったのかダンスミュージックに傾倒していったんだけど、そんなにダンスミュージックってまわりに売ってるわけじゃなかったしロックも聞いてたって事もあり「BUZZ」を読み始める。二ヶ月に一回でるってのがちょうどよかったんだよね。今みたいにバカすかCD買えなかったからなぁ。ロックとダンスのバランスも当時としてはよかったと思う。あとフジロックへ行くきっかけも「BUZZ」読んでたからかもなぁ。
年間ベストディスクが載ってるときの「SNOOZER」、「GROOVE」は買ってた。今だに中古掘るときにの参考になってるね。「GROOVE」のディスクカタログは魅力だったなぁ。

大学生時代の主力雑誌:TVbros、Remix、bounce

大学入ってからは音楽ずけ。大学に通うために引っ越した厚木にディスクユニオンがあったおかげで沢山の音楽を聴くことができた。「Remix」、「bounce」はかなり参考になった。あとでよんでなるほどと思うことが多々ある。「bounce」のあの厚さでタダってのには最初感動した。ときおり「エレキング」も買ってた。今思うと毎回かっとけばよかった。すげー濃いんだもん。
一人暮しをし始めたときに、ラテ欄ほしさに手にした「TVbros」にはまる。それ以来ずーっと買いつづける。音楽コーナーのディープさにいつも圧倒される。12インチの情報が隔週で見れる雑誌ってあんまりないよね。
エヴァブームの時にチラッと見たけどあんましよくわからなかった「クイックジャパン」の面白さがこのころわかるようになる。タモリ特集はまさに永久保存盤。中古で見つけたら買っちゃう。

さすがに大学生になるとゲーム、アニメ系雑誌は買わなくなっていったなぁ。どんどん音楽よりになっていってるね。「コンテニュー」あたりはいつも買ってもいいかなって思ったりしてるんだけどね。
今やインターネットなご時世だけど、やっぱり雑誌は好きなんだよな。これからどんな雑誌をよんでいくのやら。「ムー」でも読みはじめようかなぁ。
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2004年05月11日

俺も雑誌遍歴を語るってみるぜ! 小学生〜中学生編

最近よく読ませてもらってるARTIFACT-人工事実「10代の雑誌遍歴を語る」という記事があった。こりゃ面白い、そういえば今までいろんな雑誌を読んできたなァと思いやってみよた。10代に見ていた雑誌は人格形成に大きく影響を与えるっていうのはいえてるかもなぁ。

小学生時代の主力雑誌:ボンボン、ファミ通

やっぱり小学○年生は、よく買ってもらってた。付録目当てで。だけど小学生ながら薄いなァと思っててたような気がする。付録つくったらあんまし見なかったなぁ。そんな中、表れたのが「コロコロ」。ビックリマン、ミニ四駆とメジャーなおもちゃを取り上げるもそのメジャーさにそのころからついていけなかった。そして「ボンボン」へチェンジ。ガンダムまみれの「ボンボン」はオタク予備軍だった俺にどんぴしゃ。6年生まで読みつづけた。おかげで今でもガンダム原理主義者!?(おい、他にいいかたねーのか!)。
 テレビゲームブームの真っ只中、俺のうちではゲームは一日おきで一時間しかできなかったから、ゲームやりてーって欲求は雑誌にむけられたんだねぇ。ということで「ファミコン通信」を良く読むようになる。4年生あたりからは毎週買うようになり、あんましファミコンやれてないけど情報ツウというポジションを作った感じがする。もちろんガバスでステッカーだか下敷きだかを交換したこともあるよ〜。なんかあのころゲームがステータスだったからなぁ。ゲームをやりまくってた人よりゲームについて考えてたと思うよ。考えていたというよりは妄想かなぁ。だけど毎週読んでいくにつれゲーム情報よりも町内会やゲーム帝国のようなネタコーナーにはまっていった。それが深夜ラジオにはまる基盤を作ったのかもなぁ。

中学生時代の主力雑誌:ファミ通、スーパーファミリーコンピューターマガジン、GIGS、バンドやろうぜ

小学生時代から続いて「ファミ通」。さらに音楽にどっぷりはまってきたということとゲームがミックスされたのか、毎月いろんなゲームの音楽が収録されたCDがついてくる「スーパーファミリーコンピューターマガジン」を購読するようになる。毎月1500円は中学生としてはきつすぎた。当時おこずかいは、ほとんど雑誌と生テープ。ゲームを買わずにゲーム雑誌ばかり読み(ゲームは借りてばかりいた)、レンタル&ラジオで流れた曲をテープにとるってのが趣味だった。ということで「オリコン」「CDでーた」「GB」はときどき買っていた。
中ニでギターを購入。ルナシーやラルクを初めとするヴィジュアル系のコピーにはまる。毎月最新のバンドスコアがのる「GIGS」「バンやろ」「ロッキンf」は読みまくった。今ある音楽の知識の一部、特に楽器や楽譜についての知識は、ここらへんでつちかった。けっきょくギターがひけるようになってもモテなかったけど、同じようにコピーバンドやってる同級生と競い合うようにしてテープに演奏をレコーディングすることが盛り上がったねぇ。同時にラジオ風のトークを録音するのも流行った。あの時の名作はいずこに?
中三の時、エヴァブーム到来。ニュータイプをぽちぽちと買うようになる。うちにPCがあったこともあり「コンプティーク」とかPC雑誌もちょっとづつ読むようにもなる。このころからオタクな方向にいきかけはじめる。アニメもガンガンみるようになったねぇ。

このころゲーム音楽作る人になりたいと思いつつもピアノをもろくにやってなかった事が今になって悔やまれる。jazztronikのsamurai聞いたときにあの時もっとピアノやってればってよかったのにって思った。
「ファミ通」はよく毎週かってたなってわれながら関心。俺、はまるとしつこいからなァ。
次回、高校、大学時代につづく!明後日あたりに書くぞ。と書いておこう。
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2004年03月04日

読書感想文:田口ランディ「コンセント」                                 タカチェンコvsタケチャンの感想バトル第3回

コンセント
タケチャンとのメール感想対決も三回目。今回は前回のタケチャンのつづきです。このコーナーでコンセントよんでみようと思う人がいれば幸いです。

タケチャン>
まずははじめに思ってたところは、ようはそれでも他の人の発現状況を知りたいってだけ。
 出てきた新型シャーマン(あほなネーミングだ…俺のセンスを馬鹿にしないように!)の発現例がこれしかないのでもう一寸他の人が見たいのと、男が見てー。田口ランディが男の内面をジックリ描いているのが見たい。要は作家の力が見たいとでもいいますかな。

 次の理由としては、実はこれを思いついたのはこれを書き始めてからなんだけどね。
 解説で「アンテナ」では「コンセント」の主人公の“癒し“は無理があり限界のある行為。と書いてあるのと。あとはこれとは直接関係無いけど『世界は<聖なるもの>を取り戻したがっている』の前文が「サイファ 覚醒せよ!」とかいう本からの引用っポイんだけど、そのへんがどうしても「深い河」で出てきたインドの女神チャームンダーをどうしても思い起こしてしまいます。この女神はいわば印度の聖母マリアとも言っていいらしい。ただ違っているのは聖母マリアのように優雅で清純でもなく、美しい衣装も身にまとっていなくて、逆に醜く老い果て、苦しみに喘ぎそれに耐え、印度人とともに苦しんでいる。この女神は今まで印度が味わってきた病苦や死や飢えを表していて、その上で萎びた乳房で乳を人間に与えてる女神像(象だけではないだろうけど)なんですよ。これはヒンズー教の女神な訳ですが、これをコンセントの主人公が「すべて」へ<聖なるもの>を取り戻させるために“癒し“を苦しみとともにおこなう……なんてことをやり始めるきっかけになることを「アンテナ」で書いて「モザイク」で実行するのか?と思ってしまって気になっておるわけですよ。
 「コンセント」の主人公がこんな『施し』みたいなことをやりそうにも無いんだけどね。
 しかし、解説を読む限りだとこんな話になりそうな気も受けるんだよね、苦しむかどうかは置いておいてさ。でも、苦しまないとなると俺にとっては面白くも無いんだよね。苦しみがあるだろうと前提してチャームンダーを思い起こしてその女神の行為の内面世界を期待してみたわけだから、苦しみみないなものが無いなら盛り上がりもなさそうだし。でも、チャームンダーそのものみたいな話になっちゃうとイエス・キリストの話になっちゃってそれもつまんないなぁ。まぁ「コンセント」の主人公なら何でこんな偽善的なことを知らずにやってしまってるの?という葛藤があってまぁ面白いかも知れんが、やはりそれも盛り上がりにかけそうだし。偽善的なことを偽善として感じさせないように、あるいは何の打算もなしに所謂“癒し“”施し“をおこなうのを他者と本人からの視点で見てみたい、それも徹底的に。
 う〜む、そうなると「コンセント」の続編じゃなくていいじゃん!となるなぁ。こういったことを求めてるなら別に続編を意地になって見なくてもいいのかなぁ〜。100円くらいで売ってたら買いましょうかね。

 いやぁ〜、しかし、どうも私はそういった偽善に見えるが本当は心のそこから「善」ということをおこなう人ってのを見てみたいらしい。俺が偽善者で、なのに心のそこからの善をしてみたい願望ですかな。結構本心からおこなおうとしていることもあるが…でも、そう思ってる時点で何らかの打算が働いてるんだよね。
 
 「妄想代理人」はタカチェンコと近い、あるいは同じ考え方なのは認めます。
 俺は「電波みたいな〜な定義で考えると多くの人の思念というか考えというか欲求というかが集まると何かが起こる。みたいな感じじゃないですか。そこで集まって出てきたもの=少年バットが一部の人によってその力の矛先が瞬間的に決まる、という感じがしたよね。」これに付け加えると(まぁ、電波みたいな〜な定義とくくっているので同じかもしれんが…)、思念とか欲求は集まる前は大きくは流れていると考えている。それは地球単位なのか宇宙単位なのかは知らんがとにかく地球なら風的なイメージ、しかも消えはするけど強い思念や欲求はだいぶ消えないで流れてまわってるといった感じ。宇宙ならなんだろうな、直進しても戻ってくるとか宇宙を周っている何かかな。それ+常に想いや思考、欲求なんてのは垂れ流しになっているから、留まっても見える、と。
 そしてまわっているもの、流れているものが個人の思考や欲求から(意識的でも無意識的でも)“何か”の力により、共鳴、共振するものが集まり(振動波の干渉なんかはそんな感じ?アンダーソン局在もそんな感じだね。まぁ、それだとまわってるイメージはないかな…?)、(ここでは)少年バットを生み、個人の意識or無意識の思考と欲求の方向へと力を振るうって感じ。
 だから、1話の最後に少年バットが「ただいま」(だっけ?)みたいなことを月子に言ったのではないのかと思ってる。つまり少年バットが「ただいま」ってよりは共鳴、共振する思念や欲求がもう一度消えずにまわってきた、と。昔にでも1回共鳴、共振してたんじゃなかろうかと思ってるわけです。これはやっぱり公共のものといいますか、だれにでも起こることでもある、と。これの公共料金は使えるけど使われるってこと。
 その力の場の形成を「妄想」がおこない、集まった力を行使するのが「代理人」≠少年バット。ん?なんか的外れな気がする……それにこれだと本当に『だれもが』おこなえてアブねぇーな。

 これを「コンセント」とつなげると、流れてる思考や欲求、要は電波的なものと言っていいかな?が主人公が振動により感じ取れるもので、その波動を利用して思考や欲求から「記憶」を読みとるとなるかな?振動にあわせるといってるから前記の「妄想代理人」の話みたいに集めなくてもいいとなる。集めるのは旧式の巫女さんが得意としそうな分野かな。これだと前記の「『だれもが』おこなえてアブねぇー」という問題が解決。そして、「記憶」を読みとると書いていますが、これもブロスの太田さんのコラムでちょっと前にあった「妻が風景にも記憶がある」といった話もかなり興味深いことになる。風にも記憶があり風景にもあるとすると思考や欲求だけではなくやはり電波みたいなものがこの世にはあふれていて、それを読みとれるのが「コンセント」の主人公みたいな人たちとなりますね。そう考えると私も一寸憧れはありますな、アハハ〜。

おわり。

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2004年02月25日

読書感想文:田口ランディ「コンセント」                                 タカチェンコvsタケチャンの感想バトル第2回

コンセント

タケチャンとの感想バトルの第2回目でございます。途中で「もう総代理人」の話になったりと脱線を繰り返しておりますが、温かい目で見守ってください。

タカチェンコ>
 あとその言語化しずらい世界がゆえに断片的かつ抽象的な表現になるってのが作品の面白さにつながってて、主人公なりのコンセントのありかたとか、分裂症患者の症状、振る舞いとかを面白く表現できたんじゃないかな。とかとかいろいろ考えさせてもらったのでなぜか続編よみてーとなってません。ある意味完結したような。印象ももっちゃったけど、解説で続きをよもうと書いててなんか違和感あたったなぁ。コンセントはは主人公がアッちの世界とつながるまでの過程だったわけだよね。続編となると、このような人がどのようなことをするかどのような人と会っていくかみたいになるじゃん、または別の人がまた違ったかたちでシャーマンになる。または慣れなかった人を書くとかね。まだ呼んでないけどある意味「リング」みたいになっちゃうんじゃないのかなぁとかって思うわけです。他に「isola」や「富江」がリングの後釜みたいなホラーものとして映画になってますが。
 だから解説に続編よめと書くのはセールストークしすぎるじゃありませんかーと思うわけですよ。だけどインディアンがなんたらって言う本はみたいと思った。
 「妄想代理人」。(注:タケチャンとは2月1日の試写会にいってきたばかりだったので)だって上の文中に書いた電波みたいな〜な定義で考えると多くの人の思念というか考えというか欲求というかが集まると何かが起こる。みたいな感じじゃないですか。そこで集まって出てきたもの=少年バットが一部の人によってその力の矛先が瞬間的に決まる、という感じがしたよね。だからこの電波みたいな〜解明されてない物理現象といいますか、この力があるからこそ世の作品が面白くなってるのかも、とも感じますな

 オカルトモノを面白おかしくかいたという点では大槻ケンヂ氏の「のほほん人間革命」をお勧めします。UFOの話はとくに面白い。よんでもらいたし。
 近いうちにブログ(web上の日記みたいなやつですよ。)をやってみようと思います。んじゃー

タケチャン>
長文が好きなので別に苦にしないので好きなように長くしてください。俺も長いだろうから。

 まず、びっくりしたのが映画化されてたんだね。映像作品にされることに対してはすごく難しそうな原作だと思うから、どのような映画になってるかは気になります。
 正直なところを話すと自分としては原作を忠実に再現すると面白くなるだろうと思うけど、そうはなってなさそうだなぁ。ちょっと今日にでもTSUTAYAさんにでも行ってみてビデオを調べてみたい。他にも見たいのはあるしね。映画もアニメもさ。最近では今さらだが「攻殻機動隊の映画版はもう一回見ておこうと!」日テレのCM戦略にやられた次第ですし、今日行って調べてきます。中古屋も近くにあるしね。


 この小説で一番に気に入っているところが、物語の持っていき方だと個人的には感じています。
 それは読んでいてより多くの事象(臭いとか)と単語(コンセントやプラグとか)が後々に繋がってくる感じを、主人公の内面描写とともにうまぁ〜く繋いでいくって感じがよかった、面白いところ、と思ってる。もちろん主人公の内面描写がうまいと思うから主人公にも魅力を感じる……
 まぁ、正直な話「山岸」が出てくる前までは主人公のおかしくなった先(シャーマンに替わるときとでも言いますか)をどのようにする気かな?と思ったりもしましたけどね。刑務所にでも(かなり省略しちゃってるな…)入って終わるかと思ってた。つまるところ、そのように予想しておきながら「山岸」の登場辺りからだんだん先が読める人には読める展開なんだろうが私自身は(逆に……と付けておきましょうか)展開が読めずに混沌としてきた感じがあった。ここからより理論的というか医学とか科学のアプローチが本格化したからなのか?とも思ってるけどね。まぁ、自分がまったく知らなかったことだけに「山岸」の言わんとすることが科学的なのかは知らんけどさ。
 貴幸の言葉を素直に借りて「言語化しずらい世界がゆえに断片的かつ抽象的な表現になるってのが作品の面白さにつながってて、主人公なりのコンセントのありかたとか、分裂症患者の症状、振る舞いとかを面白く表現できたんじゃないかな。」と言ってしまえばニュアンスは違えど結構近いかもね。

 そうそう、貴幸の言う「オカルトを真剣に考えてみる」というのが気になった。
 実は遠藤周作の「深い河」の登場人物の一人のインドに行くための理由付けの大部分が『生まれ変わり』でしてこの人は全然信じてないくせに妻の一言が忘れられずに一寸づつでも調べていくうちに、ヴァージニア大学で死後生存(シータと読ませてます)の研究もしていることから、書簡を出して返事をもらい……というのが冒頭のお話。
 この大学側からの手紙を見せる(?)シーンで、アメリカではベトナム戦争以後、臨死体験、幽体離脱現象、超能力等々の解明を進めているのが分かったわけです。
 これらをふまえ、さらに貴幸の言う「オカルトといわれるものを学術的に追究しようというのがこの世界ではご法度なのかね。もっとあってもいーんじゃねーの。と思うけどこの世の宗教の崩壊にもつながるのでやめとっくかー、なのかな。」を付け加えますと、宗教的にも割とぐちゃぐちゃといいますかそんな感じの我が日本の若い世代の人たちなんかに今後増えていってもおかしくはなさそうなんだよね。
 ただ、俺が思うにスポンサーさんをどうするかでだいぶ違うのでは?と思ってしまう。もし宗教の崩壊なんぞになろうもんなら…と考えて金なんかを渋ったり圧力をかけられたり……とついつい妄想(想像のほうが正しいかな)してしまいます。


 さて、先記に「ニュアンスは違うが結構近いかもね」と書いておきながら、なぜに貴幸と違い続編読みテー!と私はなるのか。
 「コンセント」を読んじゃうと、次の作品はもうだいぶ予想可能になってしまうし(貴幸も予想してますな)、コンセントみたいな面白さ(俺が思ってるのも貴幸が思ってるのも、まぁまぁ近いちゃー近いとしておいてくらはい)は続編では味わいきれないかもしれない。解説では続きを読んでナンボみたいな書き方だったけど「コンセント」のような味わいは前記の通りに無いでしょうし〜、確かに貴幸に言われてみると「続きを読みましょう、すると分かりますよ」は気に食わないね。なのになぜか?

つづく
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2004年02月18日

読書感想文:田口ランディ「コンセント」                                 タカチェンコvsタケチャンの感想バトル第1回

コンセント 
 この年になるまで本をあんまり読んでこなかったんですが、去年あたりから爆発的に本ブーム突入。1ヶ月3冊を目標にブックオフの100円コーナーにて気になった本はとりあえず買っておくという新たな趣味が出来ました。ということで感想文コーナーをはじめようと思います。第1回目は、田口ランディ「コンセント」。この本を読んだあと友人であり本読み暦では先輩にあたるたけちゃんに薦めまして、メールにて感想のやり取りをしたんですけど。結構面白かったのでこのやり取りを3回に分けてのせて見ようと思います。お互い精一杯背伸びをして文を書いてるので暖かい目で見守ってください。

タケチャン>
 これすごい面白かったですわ〜。
 読み進めていくうちに自分の想像する形とは全然違ってくるし、なにより臭いから精神病、そしてシャーマン。と、どんどん自分の想像を高めるというかオチが見えないのが良かったかなぁ。それに精神病やカウンセリングといったものと対比するように描かれているのも良かったと思う。
 オチを見ちゃうと「えぇ?作者の解答はこれですか?」「そうなるとこういったことに対しては肯定的なのか?」とも思ってしまうし、「精神病患者(分裂症患者とも言うのかな?)は全部が全部感応して能力を発現するのかな?」なんて思ってしまう……他に思うこととしては主人公が女だけどもし男だったとしたらどうなってたのか?という疑問はある。まぁ膣をコンセントに見立てることができないだろうが……そうなると物語りそのものの破綻になってしい一から作り直さないといけないんだろうけどね。
 そこで解説を見ると、続きを読もう!!となるわけです。

タカチェンコ>
長文で失礼、暇なときでもよんでくれい。 
 面白いとおもっていただきたら光栄ですな。映画化してたなぁ〜(黒澤清だったかな※訂正:中原俊監督作品でした。 )と思って手にとったわけなんですけど、結構面白かったよね。合理主義者な感じ主人公がまったくま逆のジャンルを肯定していくとういうかしてゆくという流れだったことが最初のうちはわからなかったからどーなるのーって思ってよんだけど気が付けばアッちの人になっているというのがね、あと劇的な覚醒シーンじゃないというかなってんのかな?なってた!みたいじゃん、ある意味リアルなんじゃないのーって思いましたね。近代的なモノに古来からあるモノがはじきだされてなくなっちゃうけどそれやったせいでいろいろ問題もでてくるよってな話はよくあるはなし(環境問題とかね)だけど、そこを精神とか心霊ものとつなげて書くってのは新鮮でしたな。これを読む前に風水好きの友達といろいろ話てるうちに気だの霊だの超能力とかをひっくるめてベルセルクやバスタード(後半)にでてくる霊の世界、定義があるとのではと、電波みたいに流れているんじゃねーのみたいな話をしてて、これよんでなんかやっぱこー思う人いるんだよな、と思った。霊は人間に近いものだという考えが幽霊という存在を生むんだと思うけど、また別のもの(電波)だとしてるよね。小説だけどあるいみ田口ランディの意見のような感じ。オカルトを真剣に考えてみるということだよね。海外だともっと研究機関とかあるしもっと一般的だと思うけど。たしかユングとかも霊の本(哲学的なあり方だけど)だしてたらしいじゃん、のちUFO本も書いてるらしいけど。オカルトといわれるものを学術的に追究しようというのがこの世界ではご法度なのかね。もっとあってもいーんじゃねーの。と思うけどこの世の宗教の崩壊にもつながるのでやめとっくかー、なのかな。

つづく。
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