2004年08月08日

佐々木塩介の格闘!男闘呼塾「RINGS(1991〜2001)前田編」

タカチェンコ:前回はRINGSの歴史にについて塩介さんに執筆してもらったけども、今回はその中心人物である前田日明の半生をたどってもらったぜ!知らなかった人はプライドGP前ということで改めて勉強しましょう。

本名は高日明(コ・イルミョン)、日本人じゃないんだね。生年月日は1959年1月24日、身長195cm、体重115kg(←プロレスラーの身長体重は信じないほうがいいよ。力道山の時代からサバよんでたから!)・・・格闘技経験は空手を習ってたんだよ。
1977年に新日本の新間さんに「モハメッド・アリと対戦させてやる!!」と口説かれ新日本プロレスに入門。空手を習っていたからみんなから注目されていたんだ。
1984年、猪木がテレビ朝日による新日本プロレス吸収にビビッて、いつでも移籍できる場所としてUWF旗揚げを行わせ、前田兄さんはがそれに参加させられちゃった。(←いろんな説があるけどどれが真実かはわかんないっす)結局猪木はUWFに参加しないこととなって、エースが不在の団体となってしまったんだ。そこで佐山聡のシューティング思想をもとに、今までのプロレスとの差異をあらわしたUスタイルを確立して、前田兄さんがエースとなったんだ。けど、テレビもスポンサーもなく貧弱団体だったんだよ。
んで、契約上のトラブルによるUWF社長の逮捕などでイメージダウンしちゃって、1985年、UWF活動中止・・・UWF新日本に吸収される形となり、前田兄さんは新日本のリングに復帰!藤波と名勝負を繰り広げたんだ!
1987年、長州の顔面を蹴り飛ばして新日本を解雇されちゃったんだ。これが長州顔面蹴撃事件!この事件は様々な議論をよんだんだ。反則3秒ルール内だからOKだとか、新日本プロレスのプロレス(←馬場との差異化をはかった猪木前田兄さんの攻撃は解雇に値しないとか・・・結局この事件による前田兄さんの解雇はプロレスファンにプロレスに対する疑念を持たせることとなってしまったんだ。・・・話がずれてきちゃったので前田兄さんの半生に戻ります・・・
1988年、新日本プロレス解雇を機に新生UWFを旗揚げ!!社会現象を巻き起こす!プロレスが「格闘技」として売り出されたんだ。けど、1990年にUWFは分裂して、のちにUインターリングスが旗揚げされたんだ。
前田兄さんは1991年にクリス・ドールマンらの協力を得てリングスを旗揚げ。
1999年、膝の故障が悪化したためにアレキサンダー・カレリン戦を最後に引退。勝敗は判定負けでした。有終の美を飾れず・・・そして、
・・・2002年にリングス活動休止宣言・・・

最後のカリスマ・レスラー前田日明の真実
ミスターX

前田日明 戦いの証・地の章

前田日明vsカレリン

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